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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)12522号 判決 1995年12月22日

原告

山本靜子

ほか二名

被告

上寺弘隆

主文

一  被告は原告山本靜子に対し金七一六万五〇六五円、同山本貢造に対し金三五八万二五三二円、原告山本眞由美に対し金三五八万二五三二円並びにこれらに対する平成四年一二月一六日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

(主位的)

被告は原告靜子に対し金一四九五万一八二〇円、同山本貢造に対し金七四七万五九一一円、原告眞由美に対し金七四七万五九一一円並びにこれらに対する平成四年一二月一六日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(予備的)

被告は原告靜子に対し金一三五四万八八九〇円、同山本貢造に対し金六七七万四四四五円、原告眞由美に対し金六七七万四四四五円並びにこれらに対する平成四年一二月一六日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

普通乗用自動車と原動機付自転車が衝突し、原動機付自転車の運転者が傷害を負い、その後死亡した事故ついて、被害者の遺族から、普通乗用自動車の運転者兼保有者に対し、民法七〇九条、自賠法三条に基づき、損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等(証拠による事実は、証拠摘示する。)及びそれに基づく判断

1  本件事故の発生

日時 平成二年五月二九日午前六時一〇分頃

場所 岡山県赤磐郡山陽町桜が丘二丁目一一―七先交差点

(本件交差点)

加害車両 普通乗用自動車(岡五八と五六九二)(被告車両)

被告運転

被害車両 原動機付自転車(熊山町お六七三)(原告車両)

山本榮(亡榮)運転

態様 交差点において出合い頭に衝突したもの

2  被告の責任

被告は、本件事故当時、被告車両を保有し、その運行の用に供していたものであるから、自賠法三条の責任がある。

3  亡榮の受傷

亡榮は、頸髄損傷との診断を受け、本件事故当日である平成二年五月二九日赤磐郡医師会病院(医師会病院)に、同日から平成四年一二月一六日まで、川崎医科大学附属川崎病院(川崎病院)に入院し、治療を受けた。

4  亡榮の死亡

亡榮は、平成四年一二月一六日、右川崎病院において、S状結腸癌に対するS状結腸切除手術後の多臓器不全により死亡した。

5  相続関係

原告靜子は亡榮の妻であり、原告貢造及び原告眞由美は亡榮の子らであるから、原告靜子は亡榮の損害賠償請求権の二分の一、原告貢造及び原告眞由美はそのそれぞれ四分の一ずつ相続した。

6  既払い

被告は、原告らに対し、本件事故に対する損害の填補として、合計六五八万五八三九円を支払つた。

二  争点

1  過失相殺

(一) 被告主張

本件事故は、対面信号が点滅赤信号にもかかわらず、一旦停止しないで交差点に進入した原告車両と、対面信号が点滅黄信号で交差点に進入した被告車両との出合い頭の衝突事故で、亡榮は無免許であつたから、過失割合は亡榮九割、被告一割と解すべきである。

(二) 原告ら主張

争う。

被告が脇見運転をしていたこと、原告車両は一時停止したことからすると、亡榮の過失は四割と解すべきである。

2  亡榮の本件事故による傷害の内容、症状固定の有無、後遺障害の程度及び寄与度減額

(一) 原告ら主張

亡榮は、本件事故により、頸髄損傷の傷害を負い、四肢が麻痺し、約一年経過した頃、両上下肢、特に、左上肢の運動障害、両肩以下の知覚障害、排尿、排便の生理機能障害を残して症状固定したところ、右症状は、自賠法施行令二条別表一級(以下、級と号のみ示す。)の生命維持に必要な身のまわりの処理の動作について、常に他人の介護を要する状態に該当する。

(二) 被告主張

争う。

亡榮が頸髄損傷の傷害を負つたことは争う。仮に、原告ら主張の症状が認められたとしても、精神科への受診もあり亡榮のリハビリは十分でないこと、本件事故からの経過年数からして、亡榮の症状には改善の余地があるので、未だ症状固定とはいえない。また、仮に、症状固定していたとしても、亡榮にはレントゲン上脱臼、骨折は認められず、頸髄損傷はあつたとしても、過伸展によつて起こつたと推認されること及び本件事故当時、意識障害がなかつたことからすると、脊柱管の狭小が存在し、障害の残存には、その身体的素因が寄与していると考えられること、精神科の受診によつてリハビリが不十分であつたことも、障害の程度に寄与していることからすると、公平の見地から、損害の総額から寄与度減額すべきであり、少なくとも、慰謝料の減額をすべきである。

3  亡榮の死亡と本件事故との因果関係

(一) 原告ら主張

亡榮が死亡したのは、右傷害及び後遺障害によつて、体力低下、全身的免疫能力の低下状態に陥つたことが原因で、S状結腸癌の切除手術後の経過が悪くなつたことによるものであるから、本件事故との間に相当因果関係がある。

(二) 被告主張

S状結腸癌の進行度、以前も大腸癌の手術を受け、大腸癌に罹患しやすい体質であつたことからして、本件事故とS状結腸癌による死亡との間には因果関係がない。

4  損害

(一) 原告ら主張

(1) 主位的

前記のとおり、本件事故と亡榮の死亡との間には因果関係があるので、亡榮の損害は、以下のとおりとなる。

治療費四七六万八三五八円、入院付添費八一万五七八六円(職業付添費七〇万〇七八六円、家族付添費一一万五〇〇〇円(5000円×23))、入院雑費一二万二九〇〇円(1300円×933)、装具費一万六六九五円、文書料四一二〇円、葬儀費用一三〇万円、休業損害五一五万一〇九三円(5521円×933)、死亡逸失利益一五二一万三五一六円(年収額二〇一万五一六五円及び年金額一六八万四八〇〇円を基礎とする。(201万5165円+168万4800円)×5.874×0.7)、入通院慰謝料五〇〇万円、死亡慰謝料二四〇〇万円、弁護士費用二〇〇万円

(2) 予備的

仮に、本件事故と亡榮の死亡とに因果関係がなかつたとしても、後遺障害との間には因果関係があるので、亡榮の損害は以下のとおりとなる。

治療費、入院付添費、入院雑費、装具費、文書料、休業損害、入通院慰謝料は主位的請求と同額、後遺障害逸失利益一一八三万七〇七九円(年収額二〇一万五一六五円を基礎とする。201万5165円×5.874)、後遺障害慰謝料二四〇〇万円、弁護士費用二〇〇万円

(二) 被告ら主張

治療費、職業付添費、装具費は認める。死亡逸失利益、死亡慰謝料は争う。後遺障害逸失利益は、亡榮の死亡後のものは認められず、争う。その余は知らない。

第三争点に対する判断

一  過失相殺(争点1)

1  本件事故の態様

(一) 前記認定の事実(第二、一1 本件事故の発生)に甲一、七、八、検甲一ないし六、乙七、原告眞由美及び被告各本人尋問の結果を総合すると、以下の事実が認められる。

本件事故現場は、南北に伸びる片側二車線、幅員約一三メートルの直線路(南北道路)と東西に伸びる、交差点の東側が片側一車線で、交差点の手前に右折車線がある幅員九メートルを超える道路で、西側がセンターラインのない幅員約六メートルの道路(東西道路)の交わる交差点(本件交差点)で、その概況は別紙図面のとおりである。本件事故当時、東西道路車両側の信号が赤点滅、南北道路車両側の信号が黄点滅であつた。本件事故現場は郊外地にあり、原告車両、被告車両進行方向から相手方の進行は、植込みや看板はあるものの、一応見通せる状態で、交通は閑散であつた。本件事故現場附近の道路はアスフアルトによつて舗装されており、路面は平坦で、本件事故当時乾燥しており、南北道路の最高速度は時速五〇キロメートルに規制されていた。

被告は、前記日時において、助手席に同乗者を乗せて、被告車両を運転して、南北道路北行走行車線を時速五、六十キロメートルで走行中、本件交差点に進入するにあたり、対面信号が黄点滅であつたのに、その日の予定に気を取られ、減速や左右の確認をせず、そのまま進行したところ、同乗者は原告車両に気付いたものの、被告は、被告車両が同図面(以下、符号のみ示す。)で、被告車両右側面前部×に、原告車両前部の衝突する直前まで、原告車両に気付かなかつた。

亡榮は、失効後の免許しか有せず、無免許で原告車両を運転して、東西道路西行走行車線を走行していたところ、一旦停止をせずに、本件交差点に進入し、前記の態様で被告車両と衝突した。

(二) なお、乙七、原告眞由美本人尋問の結果によると、亡榮は、本件事故直後から、本件事故時の対面信号は青であつたと供述していたと認められるものの、乙七、原告眞由美及び被告各本人尋問の結果に照らし、信用できない。

また、乙七によると、平成二年六月一六日、被告加入の保険会社側の調査員に対し、亡榮は、本件交差点手前で一旦停止して、確認した後、並進していた左折車両に続いて進行したと話していたと認められるものの、本件交差点は一定見通しがよいことからして、一旦停止していたなら、被告車両を認めない可能性は低いこと、左折車両と原告車両との位置関係がはつきりしないこと、そのように話していた際に、前記のとおり、対面信号が青とも供述しており、一旦停止したとの内容的に矛盾していることから、その信用性には疑問があり、採用できない。むしろ、原告車両が衝突したのが被告車両の側面であること、衝突位置が、南北道路の北行走行車線上で、南北道路は全体で一三メートル程度幅員があることも考慮に入れると、原告車両は一旦停止していないと推認できる。

2  当裁判所の判断

前記認定によると、亡榮も、対面信号が赤点滅であるから、一時停止した上、交差点の安全を十分確認して進行する義務があるのに、それらを怠つた過失があるので、相応の過失相殺をすべきところ、前記認定の道路状況及び事故態様、特に、被告は対面信号が黄色点滅であつたのに徐行しなかつたこと、被告の前方不注視が著しいこと、一方、亡榮の無免許は失効したものであるから、それが本件事故と因果関係ある過失とは必ずしもいえないことを総合考慮すると、その過失相殺割合は五五パーセントが相当である。

二  亡榮の本件事故による傷害の内容、症状固定の有無、後遺障害の程度及び寄与度減額(争点2)

1  亡榮の症状の経過

前記認定の事実(第二、一3 亡榮の受傷、4 亡榮の死亡)に、甲六の1、2、九ないし一二、乙一の1ないし30、二の1ないし31、三の1、2、四ないし六、八ないし一〇、検乙一、二、証人坂手の証言及び原告眞由美本人尋問の結果を総合すると、以下の事実を認めることができる。

亡榮(昭和三年五月一六日生、本件事故当時六二歳、男性)は、本件事故直後(平成二年五月二九日)、救急車で医師会病院に運ばれ、脊髄損傷との診断を受けたものの、同病院では、症状が重過ぎるため適切な治療ができないとして、川崎病院に搬送された。同病院に到着した午前八時頃、両上下肢の腱反射が低下しており、ほとんど完全麻痺に近い不全麻痺で、両肩と両肘関節がわずかに自動的に動くだけで、両手及び両下肢の自動運動は不能で、頸髄損傷による四肢麻痺との診断を受けた。レントゲン写真上では第五、第六頸椎間ないし第六、第七頸椎間の不安定性が指摘されたものの、脱臼ないし骨折が認められなかつたので、損傷部位をはつきりと特定することはできなかつた。しかし、肘が一応動いているものの、その筋力が弱いため、第五頸髄節以下の頸髄損傷と判断された。そこで、血管確保、酸素吸入、注射、ハローベスト固定(頭蓋骨に穴を開け、首を牽引し、固定する処置)され、同年六月一三日まで続けられた。同年六月五日から心因反応が発生し、そのころ尿路感染も認められた。川崎病院は基準看護であつたが、亡榮の症状が重いため、病院の指示で、原告眞由美は、本件事故後、一〇日間位亡榮に付添い、身体をタオルで拭いたり、床ずれ防止のため、二、三時間おきに体位を入れ替え、その後、同年八月二〇日頃まで職業付添人を依頼した。なお、亡榮は、診断書上、同年八月二一日まで、日常生活に全面介助を要する状態とのことであつた。亡榮は、同年六月七日からリハビリを徐々に開始したが、受傷後約一か月後から下肢の運動が少し可能となり、膝立てが可能となつた。亡榮は、同年七月一日には誤嚥による肺炎を起こし、同月一六日からリハビリは中止され、同月一九日には肺膿瘍が認められた。八月中までは、心因反応の影響があつて、治療に抵抗を示したものの、九月になり治療に協力するようになり、肺炎も少しおさまつたので、歩行訓練へ向け、リハビリを進めていた。同年一〇月頃には全身状態が次第に改善傾向を示し、平成二年一一月頃から並行棒でのつたい歩きが可能となつた。同三年一月には、引続きリハビリを実施していたところ、同月一八日には歩行に至らず、車椅子で動いている状況で、同年二月には歩行器で歩行訓練、上肢機能回復訓練中で、同年三、四月も歩行器で歩行訓練中で、同年五、六月には、ロフストランドステツキ(肘付近に固定する特殊な杖、手で握らなくともよい。)で歩行訓練中で、六月頃から、介助があれば、平地でのロフストランドステツキを用いての歩行がかろうじて可能となつた。平成三年五月二九日には、脊柱の運動範囲は、別紙診断書該当欄記載のとおりで、コルセツトは装着しておらず、両肩以下の知覚鈍麻に、排尿排便障害があり、麻痺の外観は痙直性で、握力は右が一・五キログラム、左が一キログラムで、手指の関節の自動範囲及び関節運動範囲は右診断書該当欄各記載のとおりであつて、上下肢の三大関節のいずれもが運動筋力が著減しており、日常動作のうち、タオルを絞ること、服の着脱、独立しての歩行、片足立ち、最敬礼、立ち上がり、階段の昇降はまつたくできない状態で、他も一人でできないことが多かつた(詳細は右診断書該当欄記載のとおり)。亡榮は、同四年九月までリハビリ訓練を続け、その間である同年五月二五日に、前立腺肥大症で川崎病院泌尿器科で経尿道的前立腺切除術がされた。同年七月三〇日の症状は、両上肢、特に、左上肢の運動障害が強く、握力が右七キログラム、左八〇ミリメートルHgに低下しており、右手も箸は使えず、茶碗をもつのがやつとで、細かい作業はできず、タオルは絞れず、ボタンはめはできず、臥位から起座には介助を要し、歩行はロフストランドステツキを用いると、体調の良い日には、平地をゆつくり数十メートル位は歩けるが、知覚障害もあり、自尿はあるものの、尿失禁、残尿、便秘があり、肩、肘、指め拘縮が強く、四肢腱反射が亢進していて、腰から下及び下腕以下の知覚鈍麻が著明で、その他の両上肢及び腹部以下に軽度の知覚鈍麻が認められ、尿失禁の処置、背部清拭等の生活介助、浣腸、残尿に対するカテーテル導尿、膀胱洗滌の処置、食事の介助が不可欠で、日常生活、車両運転、事務労働・軽度な肉体労働等を含めた一切の就労は不可能という状態で、長期的にみれば少しずつ改善しているものの、今後右症状が改善される見込みは極めて少なく、その時点の状態は症状固定と考えることもできると判断していた。

なお、亡榮は、四八歳の頃、大腸癌のため大腸を切除したことがあつたが、平成二年九月頃下痢が続き、便潜血が認められたため、内科医師は大腸フアイバーを促したものの、亡榮の意思が否定的であつたこと、下痢も小康状態となり、一般に脊髄損傷においては消化器障害による便潜血もありえたこともあつて、施行されず、同三年七月二〇日にタール便が認められ、胃の内視鏡検査をしたものの、原因は特定できず、同四年九月、新鮮な消化管出血があり、大腸ファイバーによつてS状結腸癌が発見され、腸閉塞の症状も生じていたため、同年一〇月一日外科に転科し、同月七日、準緊急手術を受けたところ、既に癌は大腸外に浸潤しており、術後一週間頃から発熱、乏尿、血小板減少症が認められ、抗生剤を投与するものの、白血球増加が続き、無尿となり、次第に全身状態が悪化し、多臓器不全の状態となり、同年一二月一六日死亡した。

なお、亡榮の脊柱管は、年相応の狭さであつて、とりたてて狭いとはいえなかつた。なお、MRI検査は当時一般的でなく、川崎病院にも設置されていなかつたこと、臨床的に、頸髄損傷と確定診断され、検査によつて治療法は変らないことから、亡榮は、右検査を受けていない。

2  脊髄損傷に関する医学的所見

甲六の1、2、一〇ないし一二、証人坂手の証言によると、以下の事実が認められる。

脊髄損傷とは、強い外力が脊柱に作用し、脊柱管内に包蔵された脊髄が損傷を受けることをいい、そのうち、頸髄が損傷を受けた場合を頸髄損傷という。脊髄損傷には、脊椎の圧迫骨折や脱臼骨折を伴うことが多いが、骨傷の明白でない場合があり、頸椎の過伸展損傷でよく見られる。特に、脊柱管が狭くなつているところに外力が加わる場合には、骨傷がないことが少なくない。病態は、脊髄実質の出血・浮腫を基盤とした脊髄の挫滅と圧迫病変である。脊髄が損傷されると、その臨床症状は、障害レベル以下に、不全あるいは完全横断麻痺が見られる。四肢麻痺の型には、弛緩性麻痺と痙性麻痺とがあり、前者は俗に言うブラブラした状態をいい、後者は筋肉の緊張が異常に亢進するが、それは錐体路障害を示す病的反射である。急性期は、弛緩性麻痺となり、経過によつて、痙性麻痺となるのが一般的である。脊髄のどの高さの部分で損傷を受けたかによつて、発現する運動・麻痺の範囲が定まるので、逆に、その症状によつて損傷の部位を診断することができる。また、脊髄の全断面に損傷が生じた場合には、障害部位から下方の感覚脱失又は感覚鈍麻が、運動麻痺とほぼ同じ範囲に生ずる。そして、脊髄が完全又はこれに近い程度に損傷された場合には、腸管機能障害(腸の蠕導が障害されるために内容物が停滞し、便秘を呈し、その甚だしいものは腸閉塞様となる。)、尿路機能障害(尿失禁の状態となり、これは重い化膿性炎症の原因を作り、上行性に尿路炎、腎孟炎を引き起こす場合もある。)を生ずる。また、脊髄損傷には、他にも、消化管出血、肺炎等が伴う場合がある。これらは、脊髄に作用した外力の程度によつては、治療によつて、ある程度の回復が期待できる。治療としては、骨傷の整復ないし固定により、脊髄保護を図り、その後、合併症に対処し、急性期を過ぎると、日常生活動作を確立させ、車椅子移動や歩行動作の基本訓練を行ない、社会復帰への本格的なリハビリに移行する。

また、脊髄損傷患者は、絶対安静であること、脊髄損傷によつて、身体が自由に動かないことから、心因反応ないし離人症が起こることが少なくない。頸髄損傷における症状固定までの期間は、一年が目途で、例外的にそれ以上経過して、徐々に回復する例はあるものの、三年位たつと、その後の回復は期待がもてないと坂手医師は判断しており、受傷後六か月以降に残存している機能不全はおそらく永続性であろうとする文献もある。

坂手医師は、S状結腸癌の発生のメカニズムが解明されていないため、本件事故による脊髄損傷とS状結腸癌との間には直接的な因果関係を認めることができないが、頸髄損傷による障害、前記のその合併症及びそれらの治療並びにそれらに伴う体力低下、全身的免疫機能の低下はあり、これが術後の経過に悪影響を起こしたことは十分考えられると判断している。

3  当裁判所の判断

本件事故の態様、1、2認定の事実、特に、本件事故は、原告車両及び亡榮が転倒したので、頸部の過伸展は十分ありうる事故態様であること、本件事故直後の症状、その後の症状の経過、一般的に骨傷の明らかとならない頸髄損傷はありえ、頸椎の過伸展損傷でよく見られること、他に前記各症状を引き起した疑いのある原因が想定できないことからして、亡榮は、本件事故によつて、第五頸椎以下の頸髄損傷の傷害を負つたと解するのが相当である。そして、1、2認定の事実、特に、前記認定の症状の経過からして、平成三年五月の症状と同四年七月三〇日の症状にはほとんど変化はないこと、坂手医師の同日の判断、脊髄損傷の一般的な症状固定時期、同日から事故までの期間からすると、亡榮の不全麻痺の症状は、同日症状固定したと認めるのが相当であり、前記認定の同日の症状からすると、亡榮は、日常生活に不可欠な諸動作を独力ですることができない状態であるから、一級二号の生命維持に必要な身のまわりの処理の動作について、常に他人の介護を要する状態に該当する後遺障害を残しており、それは、改善の見込みはないと認められる。

なお、被告は、亡榮の脊柱管狭搾が、右傷害の発生や後遺障害の残存、程度に影響を与えたので、寄与度減額すべき旨主張するものの、前記認定のとおり、亡榮の脊柱管がとりたてて狭いとは認められないから、その主張は前提を欠く。

また、被告は、精神科の受診等で、リハビリを十分行えていないので、症状に改善の余地があり、症状固定しておらず、仮に、症状固定しているとしても、右リハビリ不足による症状の加重があつたから、寄与度減額すべき旨主張するものの、前記認定の症状の経過からすると、長期的に見れば十分なリハビリがされていることからその前提を欠くばかりか、寄与度減額の主張に至つては、脊髄損傷の場合、心因反応は十分ありうることであるから、それによつて、リハビリの遅れがあつたとしても、被害者側の事由とは言えないので、公平の観点からして 寄与度減額をすべき場合には当たらない。

なお、本件事故とS状結腸癌による亡榮の死亡との因果関係については、前記認定のとおり、医学上S状結腸癌の発生機序が明らかでないから、本件事故とS状結腸癌の発生には条件関係を認めるに足りないこと、S状結腸癌切除術後の症状に脊髄損傷、その合併症、それらの治療及び残存した障害による体力低下や免疫機能の低下が影響したことは十分ありうるとの医師の判断はあるものの、前記認定のS状結腸癌の進行度も合わせ考慮すると、本件事故と亡榮の前記死亡との間に、相当因果関係があるとまでは認めることができない。

三  損害

1  治療費 四七六万八三五八円

当事者間に争いがない。

2  入院付添費 七四万五七八六円

職業付添費七〇万〇七八六円については、当事者間に争いがない。

家族付添費については、前記のとおり、原告眞由美が、入院直後一〇日間付き添つたこと及び医師は、基準看護であることを考慮に入れても、なお、その期間の付添は必要であると判断していたことが認められるから、その期間分はすべて認めるべきであり、一日当たり四五〇〇円とするのが相当であるから、左のとおりとなる。

4500円×10=4万5000円

なお、原告眞由美は、その本人尋問において、平成二年八月二〇日頃以降、再び付添を始めたと供述するものの、同時に、一日中付き添うことはあまりなくなつたと供述すること、同年八月二二日以降には、診断書上付添を要する旨の記載はないことからすると、その期間については、認められない。

3  入院雑費 一一一万二八〇〇円

前記のとおり、平成四年一〇月一日からは、S状結腸癌治療のため、外科に転科しものであるから、本件事故による傷害ないし障害の治療のための入院は、本件事故当日である平成二年五月二九日から平成四年九月三〇日までの八五六日間と認められ、一日当たり一三〇〇円とするのが相当であるから、左のとおりとなる。

1300円×856=111万2800円

4  装具費 一万六六九五円

当事者間に争いがない。

5  文書料 否定

裏付けるに足る証拠はない。

6  休業損害 四三八万三六七四円

甲四によると、亡榮は本件事故当時事務員として稼働し、一日当たり五五二一円の収入を得ていたと認められるところ、本件事故時から症状固定日である平成四年七月三〇日までの七九四日間稼働することができなかつたものであるから、休業損害は、左のとおりとなる。

5521円×794=438万3674円

7  入院慰謝料 三五〇万円

前記認定の、亡榮の傷害の程度、入院期間を総合すると、右額が相当である。

8  後遺障害逸失利益 八二八万五九五五円

前記のとおり、亡榮の後遺障害は一級三号に該当するから、一〇〇パーセント労働能力を喪失したと認めるべきところ、前記の収入額、即ち、日額五五二一円の三六五日分として年額二〇一万五一六五円を基礎とし、亡榮の症状固定時である平成四年七月三〇日の年齢が六四歳であることからすると、少なくとも、原告ら主張の七年間分の逸失利益を認めるのが相当である。

なお、亡榮は、症状固定後死亡しているところ、そのような場合の逸失利益を一律に否定するのは相当でなく、その死が事故と無関係であつて、事故との条件関係さえ認められないことが明らかな場合等、逸失利益を認めることが不公平である場合に限つて、否定されるべきである。そして、亡榮はS状結腸癌切除術後の多臓器不全で死亡しているところ、前記のとおり、本件事故による頸髄損傷による体力低下、全身免疫機能の低下があり、これが、術後の経過に悪影響を及ぼしたことは十分に考えられること、前記の治療経過からすると、脊髄損傷による症状に対する治療が中心であつて、前記程度の進行度の癌の段階となつて発見されたことには、それに伴つていたと推認される消化管出血等の消化器関係の諸症状が、脊髄損傷によるものとの判断に影響していた可能性も否定できないことからすると、本件事故と亡榮の死亡には相当因果関係は認められないものの、本件事故が亡榮の死亡に何らかの影響を与えた可能性は十分あつて、条件関係は否定できないから、前記の、逸失利益を否定しなければ公平に反する場合には当たらないというべきである。ただし、現実に死亡しているので、二重利得を回避するため生活費を控除すべきであり、その割合は三割とするのが相当であるから、新ホフマン係数によつて中間利息を控除すると、左のとおりとなる。

201万5165円×0.7×5.874=828万5955円(単位未満切り捨て)

9  後遺障害慰謝料 二一〇〇万円

前記認定の亡榮の後遺障害の程度からすると、右額をもつて相当と認める。

10  合計額 四三八一万三二六八円

四  過失相殺後の損害 一九七一万五九七〇円

五  既払い控除後の損害 一三一三万〇一三一円

前記の既払い金合計六五八万五八三九円を控除すると、右のとおりとなる。

六  相続後の各原告の損害 原告靜子六五六万五〇六五円、原告貢造、原告眞由美各三二八万二五三二円

七  弁護士費用 原告靜子六〇万円、原告貢造、原告眞由美各三〇万円

本訴の経過、認容額等に照らすと、右額をもつて相当と認める。

八  結語

よつて、原告らの請求は、原告靜子が七一六万五〇六五円、原告貢造及び原告眞由美が各三五八万二五三二円並びにこれらに対する不法行為の後であることが明らかな平成四年一二月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 水野有子)

別紙 <省略>

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